わたしはダニエル・ブレイク

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ケン・ローチ監督 2016 イギリス ☆☆☆☆

以下ネタバレ在り

地味な社会派映画がパルムドールをとったとの事で観てみたが、素晴らしい作品だった。ケン・ローチって名前は知りつつも初見だったが凄い。

心臓疾患により医者に仕事を止められてしまった初老のダニエルは、行政による手当を受給するべくやむなく福祉事務所へ向かう。しかしそこで待っていたのはまるでカフカの城よろしく複雑な手続きとまるで人間味のないマニュアル対応だった。憤りながらも背に腹は替えられず事務所に通うダニエルはある時、バスの遅れにより遅刻したため支援を受けられず途方に暮れるシングルマザーのケイティ、そしてその2人の子ども達と出会う。

イギリスも、いや、今は世界中こんな感じなんだろう。本作では体調不良から仕事を失う独居老人と、学歴や資格の無いシングルマザーという二者が知り合い、助け合いながらもやがてそれぞれに追い詰められていく過酷な現実が丁寧に描かれている。映画の前半はダニエルのまるで江戸っ子のような職人気質もあいまってまだコミカルに観られるが、行政の機械的な対応、回りくどく複雑な申請に付き合う事をよしとしない愚直なまでの真っすぐさが彼を支援から遠ざけていく中盤以降は観ていて結構辛い。

ケイティにまつわる描写は更に過酷だ。新しい靴を買ってやることが出来ず娘が苛められたり、売春の誘いに葛藤したり。特に中盤、ダニエルも一緒に行った食糧を無料提供してくれる慈善団体の施設で、空腹に我を失ったケイティが思わず缶詰を開けて食べてしまう場面の描写は壮絶。徐々に徐々に追い詰められ、やがて思わず一線を越えてしまう人の在り様と、また人を支援するということは物や金以上にその尊厳をいかに尊重できるかが問われるのだという難しさ、そういった一切があの短い場面にギュッと凝縮されている。

他に、最後の方での職員とダニエルの最後のやり取りも良かった。そこまでずっと機械的なマニュアル対応を押し付けてくるだけかの様に見えていた対応係が初めて自分の言葉でダニエルに語りかける場面。彼女もまたシステムに矛盾を感じつつも、とにかく現状では最善最速と思われる対応を促しているに過ぎない。

こんなにも過酷な現実を容赦なく描ききる本作だが、しかしその後味は不思議なほど晴れやか。これは多分どんな状況に陥ってもユーモアと尊厳を失う事の無い主人公ダニエルの生き様、やれる事を最後までやった人間の姿は、決して哀れには見えないのだという事を伝えてくれているからだろう。

明日は我が身のこの世界で、ダニエルのように立てるだろうか。