奪命金

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ジョニー・トー監督 香港 2011 ☆☆☆☆ 

トー監督の作品は「EXILE/絆」や「冷たい雨に撃て~」しか見たことがなかったので、てっきりノワール専業監督だと思っていたこと、本作を見て深く反省した。

ギリシャ危機当時の香港。営業ノルマに追い詰められている銀行員。仲間の保釈金確保に走り回るヤクザ。そして多忙ゆえに恋人とすれ違い険悪になりつつある刑事。三者三様の、長い一日が始まる。

エンタメとして良く出来た脚本で単純に物語を追っていても楽しいが、作品全体の背景に行き過ぎた資本主義社会、肥大した金融市場に翻弄される人々への皮肉だが真摯な眼差しがある。ただ、とはいえそんなにシリアスな社会派作品というわけでもなく、全体的にはどちらかというと滑稽劇といった印象でむしろコミカルな感触。これはトー監督作品の常連でもあるヤクザ役のラウ・チンワン、彼の存在感が大きい事もあると思うけど(真っ直ぐで昔気質な純情ヤクザを見事に演じている)、とにかくこの絶妙なコミカルとシリアス、画作りも含めた哀愁のバランスってアジア映画独特の魅力であるよなと改めて思う。

ラウ・チンワンと対をなすもう一人の主人公である銀行員のパートも素晴らしい。ノルマや厄介な顧客たちへの対応に追われ精神的に追い詰められていく中、偶然が重なり宙に浮いた大金を目の前にした時、迷いながらも徐々に出来心に火がついていく様が役者の演技、またカットや演出の妙も相まって非常にうまく表現されている。特に何度かある、現金を隠した戸棚の鍵がアップで写る場面は印象的。静かで冷たい雰囲気の画面の中、鍵につけられた小さなリングだけが震える様に小さく揺れ動いているのがそのまま彼女の緊張感と迷いを示しているようだった。

強烈な社会風刺の威力は保ったまま、単純にお話としても良く出来た面白い群像劇を撮れるだなんて、ジョニー・トーという人の器用さを今更発見した作品。ラストシーンもベタだが良い塩梅。そして香港という街の喧騒と猥雑は、狭い範囲での悲喜こもごもな群像劇の舞台にやっぱり余りにも相応しい。