バハールの涙

バハールの涙 : 作品情報 - 映画.com

エヴァ・ウッソン監督 2018 フランス ☆☆☆☆

〝女に殺されると、天国に行けない〟

クルド人で弁護士のバハールは夫と幼い息子と共に幸福に暮らしていたが、ある夜突然ISの襲撃を受け、夫は殺され、息子は連れ去られ、また自身は奴隷として売り飛ばされてしまう。数カ月語、幾度目かの〝転売〟先から辛くも逃げ出した彼女はISに囚われている息子を救出するため自ら銃を取り、女性だけで構成される戦闘部隊〝太陽の女たち〟を率いていた。そんな彼女の戦いの日々が、同じく女性で戦場ジャーナリスト・マチルドの視線から語られる。

日本人である自分からすると、中東とISとかクルド人とか言うととにかく宗教やら聖地やら利権やらを巡ってややこしい内戦を繰り返し疲弊している地域、砂にまみれた瓦礫の街という印象しかないが、本作はまずそんな漠然としたイメージを丁寧に覆してくる。スーツを着てオフィスに車で出勤し、家に帰れば夫と幼い子供がいて、ベッドルームの枕元にはiPhoneが置いてある。そんな特段日本と変わる事のない日常の中に、突如乱入する理不尽な暴力。日常系の世界で生活していたキャラがいきなり北斗の拳に放り込まれるようなショッキングな展開だが、これはSFではない。本作中に散りばめられた数々の事実は、紛れもなく中東で実際に起こっている事なのだ。

主人公バハールも架空の人物ではあるが、決していつも正しく強い屈強な人間としては描かれていない。余りに過酷で理不尽な絶望の中にあってそれでも彼女を突き動かしているのは、報道番組で偶然見掛けたISの学校に囚われている息子の姿だ。彼の存在だけがギリギリのところで彼女を支えており、またジャーナリスト・マチルドとの特別な絆の源泉ともなっていく。

ノンフィクショナルな社会的メッセージとフィクショナルな物語が非常に高度な次元でうまく絡み合った傑作。撮り方や演出もうまく、人物の心情や虚無感をふとした表情のアップで画面一杯にみせたり、戦闘場面での、この先を曲がった所で敵が待ち伏せしているかも、、、のような緊張感なんかも素晴らしかった。

スタバのコーヒー片手にスマホでインスタでも見ていた次の瞬間に銃声が聞こえて走り出すような、そんな同世代が今この瞬間にも、確かに存在しているのだという事。