愛しのタチアナ

映画「愛しのタチアナ」 監督:アキ・カウリスマキ フィンランド映画 - 洋画評だけを見る

アキ・カウリスマキ監督 フィンランド 1994 62分 ☆☆☆☆

何となく映画でも見たいけど、初見の作品や長編を観るほどの気力は無い。そんな時に62分の作品は有り難く、実際使いどころは多い。

仕立屋のヴァルトと自動車修理工のレノの冴えない中年男性二人は、コーヒーが切れていたことに切れていたことをきっかけに母親の金を盗んであてもないドライブ旅行に出発する。途中立ち寄ったバーで出合った女性二人組に、港まで乗せて行って欲しいと頼まれる。

クラシカルでオフビートな雰囲気のモノクロ・ロードムービーなのでジャームッシュ作品なんかとよく比較されるし実際似ているが、駄目なチンピラながらもクールでおしゃれな感じがあるジャームッシュ作に比べ、本作の主人公は不器用で小心のくせにプライドだけは高いという本当にどうしようもないおじさん2人組。なのに道中を通してこの2人が段々と可愛くみえてくるのが不思議な映画。

色んなシーンの撮り方やちょっとした会話や仕草のディテールなどにいちいち気が利いていて味わい深い。特に頻出する四人でテーブルについているようなシーンでは、全体にセリフは少ないが間はたっぷりとってあって、うるさくないけど奥行きはあるという豊かさが存分に感じられる。たばこのおかげもあるかもしれない。全員バカスカ吸うので、会話はなくとも場が続いている雰囲気が、何となく成立するのかも。

女性陣二人も素晴らしい。痩せぎすで純朴なタチアナと貫禄あって世慣れた感じのクラウディアというが対照的な二人だが、自分は特にクラウディアが好き。余裕たっぷりの彼女は出会った当初から男達の器を見抜いて小馬鹿にはしているものの、色んな場面のちょっとした仕草や物腰から芯からバカにしているわけでもなく、それなりの感謝と尊重はしていることがさりげなく伝わってきてその絶妙な距離感がたまらない。

港に着いてからのお礼に女性陣が紅茶をおごってくれるシーンや、結局船中まで追ってきた追ってきた男達に対してニヤニヤしつつ特に何も言わないまま煙草のやり取りだけするシーンなど、自分が特に好きな場面には彼女の存在感が効いている箇所が多かった。

あとさらに言うなら、どうしようもない男に女性が勝手に魅力を見出して好きになってくれるという、バッファロー66的男の妄想にも見えるレノとタチアナよりも、ある種ドライな結末を迎えるヴァルトとクラウディアの方が、映画内カップルとしても自分は好みだったかもしれない。(あくまで本作においては。男目線の都合の良さも含めてバッファロー66はとても好き)

他にも最初にでてくるヴァルトの母親とか、途中で立ち寄るモーテルの女将がずっと窓の外を観ている様子とか脇役達も皆さり気ないながら印象的で、全然大袈裟な作品じゃ無い、むしろコミカルな小品といっていいくらいのものなのに最終的には何となく、人の世の無常やはみ出し者達への暖かな眼差しがさり気なく感じられるような作りになっている。

古い車のメーター周りやレノの革ジャン、女性陣の衣裳も非常に雰囲気が良い。音楽もいつものローファイなロック、ブルースがメインで最高なんだけど、たまにレノの心情を表すシーンで鳴り響くストリングスメインのクラシック、あれだけなぜか異常に音量がでかい事だけは玉に瑕。