きみの鳥はうたえる

きみの鳥はうたえる : 作品情報 - 映画.com

三宅唱監督 2018 日本(8)

佐藤泰志の原作小説は未読。終わってから「playback」の三宅唱監督だったと気付いた。たぶん最初はそれで見ようと思ってリストに入れたのだけど、忘れていたのか。

函館の夏。書店でバイトしながら友達の静雄と適当に暮らしている「僕」は、ある日大して面識もなかったバイト先の佐知子に誘われ、急速に親しくなる。すぐに静雄も交えた3人で毎晩のように遊ぶようになるが、やがて季節は変わってゆく。

函館の夏の夜、遊ぶ若者達の清潔感あふれる空虚さが綺麗に写し取られていて美しい。男2人も良いが、特にヒロインの石橋静河という女優さんがきれいで雰囲気もあって良いなと思っていたら、石橋凌の娘だった。確かに似ている、、、

何かがあるように振る舞いつつ実は一番何にもない主人公「僕」が、初めて「余裕」をかなぐり捨てて行動し、自らのある時期に一つの区切りをつけるまでのお話。それがメインだけど群像劇の趣もある本作では他キャラもよく描かれていて、普段は優しくて穏やかでどこまでも「僕」を立ててくれている静雄が実はシビアな家族関係とシリアスに向き合っていたり、またヒロインの佐知子も割とさっぱりとした印象の女性のように描かれながらも、最初の「僕」との出会いなんかをよくよく考えると結構移り気にというか、その時々に良いと思った男性に本人的にはただただまっすぐ向かっていてるだけなんだけど周囲は振り回されがちな、結構サークルとかに一人いるとかき回すタイプの女性なのかもしれず、そんな事を考えると最初から遊び人で慣れた風に見えていた「僕」が実は一番まっすぐな純情野郎でかつ子供なのかもとも思える、、その他書店の脇役達も含め、全てが青春時代の刹那的な時間、人間関係をうまく表象していてとても良かった。

誰もが何者でもないからこそ、自他の線引きすら曖昧なままでもまだギリギリ一緒にいられる季節の終わり。一緒にただ酒飲んだり飯食ったりクラブで踊ってる時間のあの虚しさと清潔さと、それでも結局拭いきれない寂しさの感触が懐かしく、愛しい。そして何よりも、無造作に羽織った古着のネルシャツの裾を引っ張り「みてみて、昨日タバコで穴開けちゃった」と笑う彼女のまぶしさよ!身近にいて気さくに話しながら、だけどどこまでも手の届かないあの感じ!を、ひさしぶりに味わった。

自分が役者だったら、若手の内にこんなのに一回はでておきたいだろうな。そんな映画。そして若者って金持ってない方がやっぱり美しいよなーって偏見をまた強固にしました。

#おすすめ

やさぐれ姐御伝 総括リンチ

やさぐれ姐御伝 総括リンチ | Tumblr

石井輝男監督 日本 1973(8)

久し振りに八本足の蝶を読んでいて、改めて目にとまった石井輝男監督作品が意外とディスカスにあったのでレンタル。賭場をさすらう女流侠客という設定や派手な殺陣から始まる導入などは以前見た緋牡丹博徒シリーズと共通するところが多いが、こっちは速攻で殺陣中に全裸。

昔世話になった親分の組にしばらく草鞋を脱ぐこととなった主人公、猪鹿お蝶。ただその親分は既に故人となっており、跡目を継いでいる現組長は何だかきな臭い。薬物商売に手を出しており、しかも行き場のない女達を薬漬けにして運び屋として利用しているようだ。そんな卑怯な野郎どもと着流しで戦うお蝶。しかし戦っているとどうしても、段々着物は脱げてくるのだった。

冒頭から早速噂通りのエロ加減とストーリーのぶっ飛びだが、ただグロに関してはそれほどでもなく、またお話も演出も陰湿、陰惨な感じはないので全体的には非常にヘルシーな印象。おっぱいも全編にわたって余りに当たり前に存在しすぎていて、特に名物である最後の大乱闘ではもうそこら中おっぱいだらけでおっぱいのゲシュタルト崩壊こそ起こすものの、淫靡な意味でのエロさはほぼない。だれかが本作について「タランティーノは見たのだろうか?泣いて喜ぶはず」と書いていたが、非常に納得。ああいう感じのヘルシーなB級感。こっちの方が大分先だけど。

また冒頭殺陣シーンの、主人公の紅の和傘と取り囲む侠客達を真上から見下ろすショットからしてすでに非常に印象的だが、要所要所ではっとするほど鮮烈な感覚の絵面が不意に飛び込んでくる事も多く、特に色彩はかなり力がある場面が多い。ぶっ飛んだお話の印象が強すぎて細部はサラッと流してしまいがちだが、絵作りはかなり繊細に凝っている作品だと思う。

とにかく生理的な快楽が一番で整合性は気持ちの良いくらい二の次、こうすればエロいし退廃的だし最高!という奔放な衝動を遠慮無く解き放ちまくっている感じの爽快さとそれを衒いも無くやりきる突き抜けが最高な一本。倫理的に許されない表現があるという実際的な問題を別にしても、現代ではもう映画に限らず、あまりこういう野放図は拝めない。

主演を努める池玲子の豊満な肉体もさすがにこれだけのおっぱい達を脇に主演をつとめるだけあって非常に素晴らしく、およそほとんどの男達を紳士に変えるに充分だろう。もしかしたら女さえ。そんな作品。

#おすすめ

希望のかなた

『希望のかなた』(C)SPUTNIK OY, 2017アキ・カウリスマキ監督 フィンランド 2017 (7)

のんびりした独特のリズムと固定カメラ視点が生み出すユーモアと情感が大好きな監督だけど、最近の作品で彼がテーマにしているのは難民との事で、正直敬遠していた。しかしいざ見てみると、やっぱりアキはあくまでもアキのまま、しっかりと真正面から難民、人間と向き合っていた。なにより単純にいつもどおりに面白くて安心した。いやーこんな繊細なテーマを真正面から扱いながら全体としてはいつもどおりのアキ・カウリスマキってすごい。ちょっとなめてたごめんなさい。

シリアのアレッポで修理工をしていたカーリドは空爆で家族を失い、紆余曲折をへてヘルシンキに辿り着くが、その過程で唯一の生き残りである妹とはぐれてしまっていた。一刻も早く妹の捜索をしたいが、難民としての自身の足場もなかなかままならない。一方、仕事にも妻にも嫌気が差し、半ば自棄になりながら挑んだ闇ポーカーで大金を手にした老人ヴィクストロムはその金で小さなレストランを買取り、三人の従業員とともに傾きかけている店をなんとか軌道に乗せようと悪戦苦闘を始める。

ある時、店のゴミ捨て場で寝ているカーリドと出会ったヴィクストロムは事情を聞き、彼を雇い入れることにする。

二人の主人公ヴィクストロムとカーリド。妻と仕事、それまでの人生に嫌気が差し家を出て突如レストランオーナーとなるヴィクストロムの物語はいつものカウリスマキ節だが、もう一人のカーリドについては、難民申請時に語られる彼の過去は余りにも直接的且つ理不尽な死と暴力に満ちていて、重い。ここまで見ていた時点ではいくらなんでもこの重さをいつもの監督の節回しで回収できるのか不安だったが、実際、特に工夫もされていないのに驚くほど自然に収まっていて、みていて驚くばかりだった。

そう。あれほどの過去を抱えた難民の青年も、味付けというには存在感も尺も長すぎのブルース演奏も、思いつきでの寿司レストラン転向も、革ジャンのネオナチ以外は皆カリードに都合良く理由無くいいひとなことも、総てが最終的にはいつもの監督の節に自然に収まっていく。特に、あんなに出会う人が特に理由無く良い奴ばかりなんて、普通の映画だったらご都合主義がくさすぎてたまらないところだろうに、なぜかカウリスマキ映画だとスルリといけてしまう。そもそもこの監督の映画では人間達は揃いも揃ってみな口数も表情も乏しく、喜びも悲嘆も皆静かに淡々と受け止めるばかりである。なのになぜあんなにもマネキンにならないんだろう。ついでに撮り方も固定カメラが多いので絵面も「お芝居」っぽく見えやすい作風だとおもう。なのに人物がみんな書き割りでない、ちゃんとそれぞれの人生を生きている血の通った人間に見えるのは、これは本当に何度見ても謎である。

傷ついた者たちがまさにその傷跡によって、なお他者に寛容であろうとする。そんなおとぎ話などとても信じられない、、、というかつて傷ついた者達。そんな人達こそ全員アキ・カウリスマキの映画を観るべきだろう。

そしてどうか寿司屋のシーンでのわさびの量に涙して欲しい。あれでは流行るわけ無いと。。

#おすすめ

薔薇の名前

カンブリア大爆発 on Twitter: "「薔薇の名前」 ウンベルト・エーコの ...

ジャン=ジャック・アノー監督 フランス・イタリア・西ドイツ 1986 (6)

ウンベルト・エーコの小説をフランス人監督が映画化。一見してかなりの予算が割かれており、また中世イタリアの話なのにショーン・コネリー主演で言語も英語である事から世界中で売る前提で作りあげた大作だったのだろうけど、こんなにゴシックなダークミステリーで果たしてペイ出来たのだろうか。

人生の黄昏を迎えた老修道士アドソは、若い頃に北イタリアの山奥にある修道院で遭遇した奇妙な事件の事を回想する。それは1327年の冬の事で、彼は元異端審問官の肩書きを持つ師ウィリアムとそこにいたのであった。

話の構造や雰囲気はまんま市川崑金田一シリーズみたいな感じで、一般社会と隔絶したゴシック且つお耽美な舞台装置の中で悪魔的な殺人が起こるというもの。自分はミステリーだとかホラーだとかは知らずに見始めて、へーどうやらミステリか、、と気づき始めたところで早速登場した死体がもろに犬神家で笑った。あれは偶然なのだろうか?

舞台となる要塞のような修道院が本作の真の主人公。長大な回廊に賛美歌が響き渡る礼拝堂、隠し扉の先にある迷宮のような図書館、ゴミを排出するゲート下に群がる貧民などなど、、正にベルセルクアルビオンかゲームのダークソウルかというような堅牢且つ威圧的な雰囲気が完璧。さらに女人禁制、黒づくめの僧達ときては、最早耽美な事件が起こらない方がおかしい。ところでこの寺院の外観に関しては張りぼてとはいえ実際に建造したらしく、上にも書いたけどこんなニッチな映画にも昔はお金が回ったんだなあと昔日の映画界の映画を思わされる。「ポンヌフの恋人」でのパリを再現した巨大セットみたいな話も、大体同じ時代ではなかったか。

ただお話そのものやキャラクターに関しては非常に見応えのある舞台装置に比べると凡庸。せっかくならもっと抽象的な話にすればよかったのにと個人的には思うが、おそらく一般受けを意識したため避けたのか。非常に半端な印象を受けるもので、あくまでも衣装や舞台を楽しむための背景やおつまみ程度にしか自分には感じられなかった。

ただそういった印象を持ってしまったのは、やっぱり主演がショーン・コネリーである事と言語が英語である事も正直大きかったと思う。これが知らない俳優でイタリア語の作品であったとしたら大分印象は違っただろう。中世イタリアの修道院から巡って、やがて自分の中にあるハリウッド映画の呪いを見出す。そんな作品だった。

ところで異端者として出てきたロン・パールマンの英語が意外と上手いので驚いていたら元々米国俳優だと知って驚いた。ロスト・チルドレンの印象が強くててっきりフランス俳優かと勘違いしていた。

ニーチェの馬

f:id:wanihiko:20200508234552j:plain

タル・ベーラ監督 ハンガリー 2011 (8)

世界の突端で終わりを見つめているよう。タルコフスキーサクリファイスなんかと似た雰囲気を想像していたが、もっと野蛮でどう猛な気配が終始漂う。

四六時中強風が吹き付ける原野のど真ん中に佇む小さな家、そこで暮らす父娘と老いた馬。毎日馬車に乗り町に出かける強権的な父と家事全般をこなす娘の言葉もほとんど無い単調な日々は、ある時馬が動かなくなった時から徐々に変化を来していく。

絵画のように美しいモノクロ画面で限りなく普通なような、でも滅茶苦茶に異常なようにも見える親娘の日常。その繰り返しが淡々と描かれる。馬の世話、水くみ、娘は父親を着替えさせてジャガイモを二つ茹でる。交わす言葉もごく少ない小さな生活。これを延々見せるだけの画面が続くが構図の美しさによる力強さ、また「終わり」の予感からくる緊張感が常に画面に漂っており意外に退屈せず見られる。

この手の映画にしてはキリスト教的な神の影が薄いのも取っつきやすい。本作でもやはり援用はされるものの印象としては小道具の一つに過ぎず、神も含めたあらゆる既存の解釈を遠ざけた上であらためて、人間一人ひとりの体重と世界全体を天秤に掛けるような野性味溢れる眼差し、泥臭くもより根源的な叫びを本作からは感じる。

特に作中に何度かある印象的な場面、風吹きすさぶ戸外に出て行く二人を背面から追いかけるショットはそのワイルドさを正に象徴していて非常に格好良く、世界と人一人の存在が同じ重さで対峙することの厳しさが映像で端的に表現されているようで震える。画面の中での人物の大きさとスピード感が絶妙で、自分も生涯で一回くらいはあんな風に歩いてみたいもんだ、、などと思わされる見事な後ろ姿。バケツ持って井戸まで歩くだけなんだけど。

「一日目」から「五日目」までの章立てになっているので複数回に分けてみる事もしやすく、タイトルからも絵面からも哲学的な難解な印象をもたれがちだけど意外にとっつきやすい一作だと思う。ただ、とはいえ理解や共感をベースに楽しむ事はやはり難しいと思うが(共感はギリいけるかな?)、茹でたてホヤホヤの湯気が出ているジャガイモを熱がりながら手づかみで皮むいて食べようと指先が見たいような向きや、また映画内ファッションに拘るような御仁にも意外におすすめ。この親子のファッション意外と二人とも良いのだけど、特に親父のシャツやコートのサイズ感などかなり完璧なおしゃれさんで、それも非常に見どころ。あと馬のデカさ。黒王号。

そしてもちろん、日々この球状の天体で暮らしながらなお世界の果てをどこかに探し求めているような方々には必見の一作といえるでしょう。

タル・ベーラ監督もハンガリー映画も初見だったけど、素晴らしかった。

#おすすめ

皆殺しの天使

WOWOW:皆殺しの天使 El angel exterminador 異才 ルイス・ブニュエル ...

ルイス・ブニュエル監督 メキシコ 1962(7)

異常にかっこよいタイトル(日本版でなく原題直訳)に惹かれ以前から見てみたかった不条理劇。今回ブルーレイが安くなっていたので買ったけどパッケージ裏に書いてある「ブルジョア、無限の停滞」というコピーも非常に良い。ただ本編は割と小品というか、規模も内容も可愛らしい小品といった趣。

オペラ観劇の後、ある邸宅の客間に集った20人ばかりのブルジョア達。やがて夜も更け、誰も帰らないことにホストの夫妻は戸惑いと苛立ちを見せるが、朝が来るころには、見た目にはドアも開け放たれ何の障害も無いその部屋からなぜか誰も出て行くことが出来ないことを悟る。水も食料も尽き始め全員が徐々に追い詰められていき、人々の理性もまた徐々に失われていく。一方その頃外部では、屋敷の中から誰も出てこない事、またなぜか誰も屋敷の敷地内に入れない事で警察までも出動、騒然としていた。

本作について、資本家や貴族社会への風刺、その他様々な比喩に満ちた現代でも通用するブラックな喜劇と捉えている感想がネットなんかには多く自分もそういうつもりで構えてみたが、実際見てみると自分にはもっと可愛らしい、小さな謎か不思議としての味わいが強く感じられた。確かに全体にブラックユーモア的である事は間違いないし、死者も出れば諍いもあるが、この状況下に放り込まれた富裕層を皮肉って本性を炙り出してやる!というよりかはもっと広く人間社会の滑稽さ、そして誰にも普遍的な人生のままならなさを割と柔らかくユーモラスに描いているような気がする。最後のオチも恐ろしいながら非常に軽妙且つストレートなもので、あんまり深遠や深刻を気取った印象はない。

ただあの羊達や、非常に印象的に何度も映り込む、クローゼットの扉に描かれた聖人達。あそこだけは怪しい。監督が本作を作る上で、唯一深刻な気持ちで突き刺そうとしたものがあるとすればあそこだと思う。

ランタイムも短めで意外と気軽に見られる良作。終わった後、ストーリーテラータモリが出てきそうな親しみやすさすらあった。

#おすすめ

死霊館

f:id:wanihiko:20190909180103j:plain
ジェームズ・ワン監督 2013 アメリ(7)

死霊館シリーズ一作目。ホラーといえば夏のものっていう感覚、海外にもあるのだろうか。

大枚はたいて購入した夢のマイホームは多くの霊が住み着く幽霊屋敷だった!次第にエスカレートしていく状況の中、被害者一家は高名な心霊研究家であるウォーレン夫妻に助けを求める。

オーソドックスな悪魔祓い系統で筋書きにも演出にも斬新なものはないが、丁寧な作りで要点はきっちりと押さえてくれている良作。とにかくホラー映画に大事な「びっくりポイント」の数と質、配置のバランスがとても良く、且つ余計な引っ張り箇所もなくサクサク進行していくテンポの良さも相まってああ、分かってる人が作ったんだなあという安心感漂う出来。なお個人的に苦手な、突然大音響でドーン!みたいな野蛮な驚かしはまあ幾つかあるものの、全体的なバランスを崩すほどのものではないので許容範囲という感じ。

「実際にあった悪魔祓い譚」という美味しい素材を料理するにあたって、突出した良い点を作ろうと言うより、むしろ欠点を丁寧に潰していくかのような作り方をしているように見える本作は、丁度最近見た「ヘレディタリー」があえてホラーの定石を斜め上に裏切っていくのと対をなすかのようだったが、どちらも甲乙付けがたく面白かった。

霊能者夫妻の奥さんが綺麗な人だなーとは思っていたけど、ヴェラ・ファーミガだったことにエンドロール見るまで気づかず。「マイレージ・マイライフ」の印象しかなかったので驚く。あと被害者一家の五人姉妹たちが嫌になるほどの美少女揃いで、中でも夢遊病の四女シンディは絵に描いたような顔の造作で、この辺りにも製作陣の抜かりのなさを感じる。

そして何だかんだで最終的にウォーレン夫の、数多の呪具をコレクションしている部屋を自宅の一角にしれっと作っている神経が一番やばいのではという印象で、映画は幕を閉じる。「下手に処分するよりも安心だ」みたいなエクスキューズはあったが、元来聖職者でもない人の自宅にあれはどう考えてもやばすぎると思う。

#おすすめ