女王陛下のお気に入り

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ヨルゴス・ランティモス監督 英・米・アイルランド 2018 ☆☆☆☆

エマ・ストーンってアマンダ・セイフライドに似ていると思っていたら、既にネットに1万回位書かれている話だった。映画は面白かった。

フランスとの戦争に伴う支出で財政が傾き始めている18世紀初頭のイギリス。肥満と痛風で車椅子移動を余儀なくされているアン女王の寵愛を巡り、二人の貴婦人、アビゲイルとサラの宮廷内バトルが始まる。

元々貴族だったけど借金のカタに売られ、上流階級への復帰を狙う若き野心家アビゲイルと、女王と子供の頃からの知り合いで唯一率直な物言いが出来る美貌の切れ者で、実質政治や予算に関しての最高権力者として振る舞っているサラ。そしてかんしゃく持ちで子供のように感情的な振る舞いを見せるものの、女王として人民の事もそれなりに気に掛けてはいるアン女王の三角関係が、長く続く戦争によって疲弊しつつある王宮の雰囲気の中で描かれるのが見ものだけど、個人的にこの映画の主人公はその美術・建築・衣装、次点で音楽です。

宮廷の夜、ろうそくのみの薄明かりの中を、紺色の侍女ドレスを着たエマ・ストーンが忍び足で歩いて行く絵面だけで、それなりのゴシック者であればご飯三杯といったところでしょう。またそのただでさえ素晴らしい空間や衣装が、本作ではしょっちゅう魚眼レンズやら特殊なカメラ移動?等によっていやらしい撮られ方をしており、それがもう一段階の妖しい雰囲気を大いに盛り上げます。頻出する、同じ音程の白玉音みたいなのがひたすら続くだけの音楽も、全体のゴシックな雰囲気に大いに寄与しています。

美術、衣装だけならまだしも音楽までもこんなの(褒め言葉)であることを鑑みるに、単なる中世宮廷権力闘争・女性篇みたいな映画にもなりえたこの題材をむしろ積極的に利用し、自分好みのキッチュでゴシックな中世美術を現世に召喚しようとした監督の明確な意図が大いに感じられ、自分なんかは本作のどこにって、そこに大いに共感しました。

※以下若干のネタバレあり

ちなみに物語については、終始目的や振る舞いが一貫しており潔いサラとアビゲイルの二人も良いのですが、まるでいつまでも子供のままのような女王に一番感じ入りました。彼女を裸の王様であると笑うことは簡単ですが、ただ女王に生まれついたというだけで子供の頃からサラ以外には腫れ物のように扱われて育ち、成長してからは17人もの子を妊娠、出産しながら誰一人として生き残らず、また夫も死んでしまい、結局、決裁権を持った木偶の傀儡として自分の顔色を遠巻きに伺うだけの宮廷社会と隣国との戦争だけが残された人生の虚しさに苛まれている彼女を、誰が批難できましょう。むしろ、そのような状況下に有りながら最終的にはサラと決別し、民の意志を汲んで戦争終結へ舵を切ったわけですから、大したものではないかと思います。

結局自分は本作を、最初から完成されているアビゲイルとサラの間で揺れ動きながらも役割を果たそうとする、未熟な女王の成長譚として見ていたのかもしれません。そしてそれは勿論女王を演じた、オリヴィア・コールマンという女優の凄さでもあります。本作でのアカデミー主演女優賞も納得で、複雑且つ繊細な女王の機微を全編に亘って巧に表現されていたと思います。これに関しては他二人の追随を許さず、完全に本作の中心でしたね。

というわけで、中世イギリス宮廷の美麗且つ退廃的な意匠の数々の中で、肥満の女王が少し大人になるという、何ともキッチュで自分好みの作品でした。嘘でしょ!?というような、作家性のつよい終わり方には流石に面食らいましたが、後から考えるとあれも本作にはよく似合っていた気がします。