霧の中の風景

f:id:wanihiko:20190614232959j:plain

テオ・アンゲロプロス監督 1988 ギリシャ ☆☆☆☆

 ずっと観てみたかったこの監督の作品だが、配信系の映画サービスにも近所のTSUTAYA店舗にもなく、購入を除けば、ツタヤディスカスしかレンタルの道は無いと思われる。ただディスカスでもやはり枚数があまりなく数カ月待たされた後、ようやく視聴。

アテネで暮らす12歳のヴーラと5歳の弟アレクサンドロスは厳しい実母や義父との暮らしを嫌悪し、実の父親がいると聞かされているドイツ行きを夢みている。毎日のように駅に来ては列車を眺めていた二人だったが、ある時お金も持たずについに飛び乗ってしまう。様々な人達と触れ合い散々な目にも遭いながら、二人はやがて国境へと辿り着く。

特典のインタビューで監督本人がこれはお伽噺ですと言っていたが、いるかどうかも分からない父親に会いに行くという物語の大枠もそうだし、姉弟が出会う人々やそれぞれのエピソード、また抑えた色調の静止画みたいな構図が多用されて綺麗だけどそれ以上に虚しさの募る画作りなど、確かにおとぎ話的というか、全編夢のようなふわふわとした感触に満ちている。

時代に取り残されつつある黒服の旅芸人一座や、姉弟以外の時間が止まったかのような雪景色の警察署前など、詩的で印象的な場面が多い。中でも夜の路上で今正に息絶えつつある馬の死に姉弟が立ち会っているその背後を、賑やかな結婚パーティのパレードが通過するシーンは一つの画面に単純な喜怒哀楽を超えたものが詰まっていて、生の興奮と死の無常が同居する冷たい緊張と虚無が同時に漂っていて静かに壮絶なすごいシーンだった。

俗っぽい感想だがタルコフスキーヴェンダースアキ・カウリスマキを絶妙な配合で混ぜたような感じで、純文学映画にありがちな退屈さを緩和しながら聖性も決して失っていないという絶妙なバランスの傑作。