禁じられた歌声

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アブデラマン・シサコ監督 2014 フランス・モーリタニア ☆☆☆☆

フランスではセザール賞で七冠をとり、米アカデミーでも外国語部門にノミネートされていた本作。

西アフリカはマリ共和国の古都ティンブクトゥ。そこで暮らす牛飼いの一家は慎ましくも幸福な生活を送っていた。しかしある時街をイスラム過激派が占拠し、音楽も、サッカーも、恋愛も、外出すら禁止であるという恐怖政治が始まる。

粗筋だけ書くと銃声と暴力、悲鳴が飛び交うハードな雰囲気を想像するが本作はほぼ全編に亘ってとても静かでゆっくりとした雰囲気。舞台となっている村や人々に関しても本作ではただ社会派映画の背景としてではなく、その静かな佇まい、文化の豊かさや美しさがまず画面に溢れ出しているし、そんな場所に異物として侵入してくる過激派にしても、顔を隠し武装しているもののどこか牧歌的な雰囲気を漂わせており、あからさまなヤクザ者、暴力的な悪魔とは描かれていない。むしろ、どこかユーモラスな雰囲気さえある。

中でも占拠後にある家から音楽が聞こえてくる場面と、車の運転練習をする場面の二つはそういった本作の雰囲気が端的にあらわれている。前者は、音楽を禁止している手前兵隊がその家まで取締りに行くものの、聞こえてくるのが神と予言者を讃える歌であったため戸惑ってしまう。後者は、主に英語で意思疎通している過激派のおっさんと村の青年が車の運転の練習をするのだけど、親子くらい年齢差がある二人は拙い英語でコミュニケーションをとりながら、とても楽しそうに見える。

だけどやっぱり、暴力は行使される。歌姫はムチ打たれ、カップルは埋められたのち投石され、牛を巡るトラブルから相手を殺してしまった一家の父親は一方的な裁判のもと簡単に死刑。過激派のボスも、父親を殺された娘が可哀想だと内心思っているが、もはやあとにはひけない。加害者も被害者もその場にいる全員が多かれ少なかれ疑問を抱きながら、神の名の下に処刑は続いていく。

過激派による恐怖政治を劇的な演出や煽りみたいなものなしに淡々と描くことで、穏やかな日常と地続きにある暴力の存在がかえってリアルな実体をもって浮かび上がってくる、そんな作品。そして繰り返しになるけど、舞台となっている村や地域文化の豊かさをきっちりと見せてくれている事は、本作の特に素晴らしいところだと思う。遠くの国の知らない人々に降り掛かる理不尽な暴力についてmそういった描写が丁寧になされているかどうかでこんなにも引っかかりが違うのだと、本作を観て今更学んだ。