静かなる叫び

映画静かなる叫びは視点がバラバラ!ネタバレと感想ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督 2009 カナダ ☆☆☆☆

1989年、モントリオール理工科大学で起きた銃乱射事件を基に多少の脚色も加え、映画化したもの。これは前から気になっていたのだけど、つい先日見た「アマンダと僕」が銃乱射テロによるものだったこともあって、気持ちが向いた。

映画は惨劇の舞台となる理工科大学を中心に、そこに通うエンジニア希望の女子学生ヴァレリー、彼女の友達でひげ面のいい男ジャン、そして犯人という三人を交互に描写しながら、事件当日および彼らのその後を描く。

全編モノクロで撮られ淡々とした静かで冷たい印象の画面。雪の冷たさまで伝わってくるような清潔で美しい画面が、鋭利で引き裂くような緊張感を伝えてくる。学校での銃乱射事件を似たテイストで扱った映画としてはガスヴァンサントの「エレファント」が想起されるが、本作はより冷たく、ドライな手触りが顕著。元気な学生達で賑やかな大学構内という日常空間に突如、犯人=獣のような孤独と静けさが侵入し急速に場を浸食・支配していくような雰囲気により満ちているのが恐ろしい。特に、犯人の最初の銃撃。その音と衝撃の一瞬ひとつでガラッと空間を支配する。映画を見ているこちら側の空気まで一変するような、恐ろしい獣の一声。

だけどこの作品の誠実なところは決して犯人を単なる狂人として描写しているわけではなく(どれだけ実際の犯人像を再現しているのかはしらないが、それはさして重要ではない)、彼が自身の痛みや孤独を一人で抱えきる事ができず、葛藤をへてついに修羅となってしまう様子をきっちりと描写している点で、そしてこれこそが本作の一番恐ろしいところでもある。

彼の境遇や事件に至る動機が劇中で詳細に描かれるわけではない。しかしだからこそ自分は、彼に共感するところがある。痛みと孤独の中で自分自身を呪い、とは言え自殺する事もできず、どんどん煮詰まるその圧力がやがて自分自身の輪郭を超えて溢れ出したとき、人は誰でも修羅となりうる。しかもそこに銃という余りに手軽で強力な装置が転がっているという環境が重なればなおさらだ。だから彼が撃ち殺していったのは、他人というより投影された自身の痛みだったのかもしれない。そしてこの手の事件を考える時、犯人と自分との間に違いがあるとすれば、それはもうとどのつまり運でしかないのではないかと自分なんかは毎回思う。

最初の発砲に居合わせ辛くも生き残るものの、深いトラウマと化した事件にその後も囚われる続けるヴァレリーにも、心根が優しくすぐ逃げ出す事を選ばなかったばかりに生き残った事の罪悪感に耐えられなくなったジャンにも、そして犯人の男にも、全員に等しく自分を見出すという非常にしんどい鑑賞だった。

この手の事件は度々世界中であるし、日本でも銃こそ使用されないものの繁華街で通り魔なんか定期的に発生する。その度に思うが、自分はいつも怒る事が出来ない。犯人は明らかだし、その罪も明白だ。しかし一体犯人達は、何故獣と化すまで追い詰められたたのだろう。そしてそれらを見聞きして自分が感じる気持ちも、虚しさなのか悲しみなのかよく分からない。ただ本作の背景に頻出する窓の外で音もなく降る雪とか、例えばそんなようなものが、どんな言葉よりもまっすぐその感覚に通じていくような気がしている。

覚悟は必要だが、観るべき傑作。