ガッジョ・ディーロ

f:id:wanihiko:20190809230638j:plain

トニー・ガトリフ監督 フランス 1997 ☆☆☆☆☆

フランス人の青年ステファンは亡き父の面影を偲び、父がよく聞いていたノラ・ルカという歌手を探して旅をしている。ある時ルーマニアの田舎町で泥酔しているロマの爺さんと言葉は通じないものの意気投合したステファンは、彼の村に暫く滞在することとなる。

排他的だが自分たちの歴史に誇りを持ち、音楽を楽しみ、昔ながらの生活を営むロマの暮らしや生活が、差別や暴力の描写も含め部外者たるステファンの視線から語られる。
自分たちのコミュニティーから一歩でれば排斥され、社会に居場所の無いロマ達だが、酒と音楽とダンスに満ちた彼らの文化が本作ではとても魅力的に映され、印象に残る。色鮮やかでありつつシックな民族衣装に身を包み、歌い、踊る姿は悲しみに彩られながらも切実な生命力と喜びに満ちており、ここまで映画の本質と音楽が根っこで融合している映画はいわゆる音楽映画でもまずないのではないか。

例えばロックバンドなんかが言う「生活に根付いた音楽」だとかの概念って正直あんまりピンとこない事が多いのだけど、この映画で見るロマ達の生活には確かに音楽が根付いていて、とても羨ましかった。ボロボロのギター、歌とリズムと踊り、、、プロミュージシャンになるとかなれないとかそういう事ではなく、命の前提として、生きるという事がそのまま当たり前に歌や演奏と重なっているかのようなあの感じ。現代の日本で暮らす自分にはなかなか難しい、憧れの感覚。

エミール・クストリッツァアンダーグラウンドと同様、生きる事のあらゆる苦しみ哀しみを、音楽とダンスの躍動が悠々と包み込んでいくとき、それがそのまま生きる事の喜びに直結していくような。そんな生命の感触が存分に感じられる作品。めちゃくちゃ印象的なラストシーンも控えめに言って最の高。

希望をみた。

BLAME!

f:id:wanihiko:20190811181752j:plain

瀬下寛之監督 2017 日本 ☆☆☆

これはめちゃくちゃ楽しみにしていただけにやや残念だった。これを初めて見ることでBLAMEの世界に触れたのなら十分面白かったと思うけど、如何せん自分は10年来の原作ファンなのでどうしてもハードルが高くなっている事はあると思うけど。

原作に少し出てきた電気漁師達の村のエピソードを拡大して一本の映画にしているのだけど、づるをはじめ、シボ、サナカンまでもシドニア風味の丸顔美少女にされており、且つCGのぬるっとしたアニメーションがてんこもりの作画や文字通りキラキラした光の表現は、シドニアにはよく似合っていたが、ブラムに使うにはポップでライト過ぎると感じた。

とはいえ、キリイとシボのクールなやり取りには原作のニュアンスが強く滲んでいたし、自動工場の殺伐としただだっ広さや軌道車両の雰囲気は最高だった。せめて映画の7割を占める村の描写にもう少し生活感が無ければなあ。あと、づるはともかくシボとサナカンは美少女でなく美女であって欲しいし、ついでに重力子放射線射出装置の赤光も白に変えて欲しい。僕が原作を読んでずっと抱いていたのは、あの真っ黒な世界を切り裂く白い閃光のイメージで、赤はちょっと違うんだよなあ、、、

ブラムの映画を作ってくれた事はとてもありがたいし格好良い作品ではあるけれども、全体にライトな感触は原作信者としては少々物足りないものだった。昔ガンダムをデフォルメ化したSDガンダムというシリーズがあったが、本作はさしずめSDブラムという感じだろうか。せめて射出装置のやばい描写がもう一個くらいあれば。。

真白の恋

f:id:wanihiko:20190715230356j:plain

坂本欣弘監督 2017 日本 ☆☆☆☆

障害者との恋愛を主題に据えた映画と言うとかの名作「ジョゼと虎と魚たち」とどうしても比較してしまうが、本作は新人監督がほとんど無名の俳優ばかりで作ったものにもかかわらず、マジでジョゼに負けず劣らずの名作だった。見始めてすぐ、ジム・ジャームッシュとかアキ・カウリスマキみたいなテンポ、シーンの切り方がまずいいなーなどと思いつつ鑑賞。

富山県射水市で父の自転車店を手伝いながら暮らす渋谷真白には軽度の知的障害がある。ある時、兄の結婚式が行われている神社で東京から来ているカメラマン油井と知りあった真白は恋に落ちる。

富山は監督の出身地らしいが、舞台となる富山県射水市新湊内川という小さな町がとても美しく撮られており、特に舟が連なる桟橋のようになっているところや見晴台からの立山連峰は見事。他にも、特に何があるわけでもないけど何気ない田舎町の風情は行ってみたいと思わせるに充分な魅力を放っている。

で、脚本が上手い。障害という要素を盛り込む以上どうしても重たくなりがち、というか観る側が構えてしまいがちなところを主人公真白のキュートさと軽やかな語り口、それぞれに存在感のある脇役達や美しいロケーションなど全ての要素をうまく使って全編、基本的には軽やかに楽しく進行させながらも、ここぞという場面ではきっちり重みのあるパンチを放ってくるという巧みなバランス感覚。

特に主人公真白をただ助けられるだけの、あるいは純粋な天使性だけの存在にしていないのが良い。彼女の冒険と挑戦が周囲の頑なさをとかしていく様子の、そういったサブエピソードの描写や織り込み具合などがどれも非常に効果的に効いていて、映画全体の奥行きを深めるのに大きく寄与している。

ただ終盤での真白の父と兄貴による行動はちょっと極端過ぎて、物語の結末に向けたややご都合っぽい筋立てに思えてしまった。あの一連にはおそらく、それまでただただ綺麗な場所として描かれている田舎町のコミュニティーの閉鎖的で暗い部分(実際この一連のみ夜である)を象徴させようという狙いもあったのだろうけど、それが見え見えすぎて引いてしまったというか。それまでを丁寧に積み重ねてきた本作だからこそ、あそこの強引さだけはやや残念だったかもしれない。

 

主要な登場人物全てが真白の事を大事に思っており、しかも一連の出来事を経て、真白も含めた全員が少なからず変化している。ついつい重たく冗長になりそうなこれらを短めのランタイムであくまでも軽妙に可愛らしく、しかしきっちり切なくも描けているという良作。そして自分は、ちっぽけだと思われている存在の思い掛けない勇気や挑戦が他の皆を変えていくという、その手のベタな話にやっぱ弱いと改めて思い知る。

孤独のススメ

f:id:wanihiko:20190715230018j:plain

ディーデリク・エビンゲ監督 オランダ 2013 ☆☆☆

この手のタイトルで特にオッサンが主人公だったりすると絶対観てしまう。老化、中年、孤独死、身につまされる共感、、、だけど本作に関しては邦題がとんだ勘違いであって、別にそういう映画ではなかった。ちなみに原題は「マッターホルン」。

妻に先立たれ息子は家を出てしまい、一人で静かな生活を送る初老のフレッドの生活はとても几帳面で、厳格なスケジュールに則って生活している。だがある日、ひょんなことから少し知的障害のあるような同年輩の男、ヒゲ面のテオを家に迎え入れ、共同生活を開始する。厳格なフレッドが奔放な彼を受け入れたのには、実はある理由があった。

邦題は本当に的外れというか適当で、つけた人間はこの映画の冒頭10分位しか観ていないのではないか。フレッドは確かに孤独だがそれは本作の主題ではない。 毎日若い頃の妻と小さかった頃の子どもの写真を見つめながら自分の殻に閉じこもっていたフレッドがテオとの生活を通して、現在の息子を受け入れ和解し、またそのことが原因でおそらくは仲違いしたまま死別してしまった妻との間の葛藤を解消する、そういう再生の物語。

物狂いでヒゲ面だが可愛らしい雰囲気をもつおっさんが奇しくも妻と息子の代替的な役割を果たすという構造は数あるこの手の再生譚の中でもかなり特殊だと思うが、その奇抜な設定が何の違和感ももたらさないのは脚本のうまさ、そしてオランダの田舎町の静かな景色やフレッドの暮らす小さな一軒家の品の良い調度も大きく寄与しているように思う。

全体に静かでコミカルと言うより最早脱力という感じの虚無的なユーモアが流れる中、いつの間にか観る者の悲しみまでそっと拭われているような、そんな優しい良作。

ナイトクローラー

f:id:wanihiko:20190707005243j:plain
ダン・ギルロイ監督 2014 アメリカ ☆☆☆

ジェイク・ギレンホールと言えば未だにドニー・ダーコでの鏡を見つめてるイメージなんだけど、本作での彼はヤバイですね。こけた頬にでっかい目ばかりギラギラしてて、まるであの頃のウサギが乗り移ったかのようです。そして観ている間この顔つきは誰かに似ている、、とずっと思っていたのだけど、正解はジョニー・グリーンウッドでした。

仕事にありつけず細々とした窃盗で何とか食いつないでいる孤独な男ルイスは、ある時偶然遭遇した事故現場で過激な映像をTV局などに売り付けて稼ぐパパラッチ達と出会う。お気に入りの自転車を売った金で何とか小さなビデオカメラと警察無線傍受機を手に入れ、時に強引な手段をも厭わず何とか仕事を軌道に乗せていくルイス。しかし元々真実や報道の意義などにまるで関心の無い彼の欲望は、次第に周囲をも巻き込む巨大な暴走となっていく。

先日書いた大根仁監督のSCOOP!が消化不良気味だったので、同じ様な題材を扱っている本作、アメリカではパパラッチはどう扱われているのかと思って観てみたらまさかのサイコスリラーで驚く。本作におけるパパラッチは主人公の狂気を引き立てるキャラ設定上の小道具、舞台装置程度のものでしかなかった。

主人公ルイスは物語冒頭から既に完成されたサイコパスであり、生い立ちや境遇みたようなものも徹頭徹尾描かれない純粋悪のような存在として描かれている。パパラッチというまさに「人の不幸が飯のタネ」なヤクザな商売に対する葛藤も負い目も、またそんな彼の苦悩を通して、人の不幸は正直観たいが自分の手は汚したくないという大衆の身勝手さを炙り出すみたいな意図も、この映画には一切無い。ただ何のためらいもなく悲惨な事故現場に突撃し、場合によってはよりショッキングな絵面や状況になるよう現場に手を加えたりする事にも全く躊躇いを見せない主人公のサイコパスっぷりを堪能する、そういった作りになっている。

ただジェイク・ギレンホールの佇まい、一見大人しそうな雰囲気とか、多くの場面で会話が噛み合っているようで実は何となくおかしい感じとか、とにかく最高のサイコパス感。特にあの叫びながら鏡割る場面。彼の中の獣が一瞬だけ顔を出したという感じで滅茶苦茶怖くて良かった。その他熟女好きとか、目立つ事NGな職業なのに真っ赤なスポーツカーとか、細かい人物設定の演出も地味によく効いていたな。

というわけで当初割と社会派かなと思って観始めたら、例えばレクター博士とか、人間らしい葛藤を一切持たない悪の怪物を楽しむ系だったのには意表を突かれたけど、まあそれはそれで何だかんだ面白かったという、そんな作品。

夜のLAの重たい雰囲気や、もはやギャグのような終わり方も結構好きだった。

ドント・ブリーズ

f:id:wanihiko:20190705194356j:plain

フェディ・アルバレス監督 2016 アメリカ ☆☆☆☆

想像していたより人間ドラマやサスペンス色が強めの作風だったが、面白い。

デトロイトに暮らす男2女1の若者3人組。生活苦や小遣い欲しさから空き巣を繰り返している。あるとき1人暮らしで盲目の老人が大金を隠し持っているという情報を得て夜中に忍び込むが、その老人は屈強な元軍人であり、またそれ以上にヤバイ奴である事がのちのち判明するのであった、、、

幾ら筋骨隆々であるといっても若者三人と盲目の爺さん一人相手では余りに爺さんが不利でホラーになるのだろうか、、などと思っていたが、本作では爺さん側のみに銃を持たし且つ自宅という地の利があることなどを各場面で上手に生かし、全体的に不自然さを感じさせることなくジジイをちゃんと化け物に仕立て上げている。

特に前半、急に廊下側にやってきたジジイを少年が咄嗟に壁に貼り付いてかわす、二人の体がミリ単位ですれちがう見せ場などは、子供の頃、友達の家で目隠し鬼という似たような遊びをよくしていた自分にとっては非常に覚えのある緊張感でクラクラきた。

終盤、ああこれでとりあえず終わりかなと思わせてから更に二転三転する展開もテンポ良くて楽しい。コンパクトなランタイムに意外性とお約束、そして若干のドラマがバランスよく詰め込まれ、B級ホラーらしからぬスマートさを纏った秀作。反面余白の考察などの楽しみは得づらいが、お菓子やつまみなど用意して手軽に怖い思いをしたい時には本当最適な作品。

ヘレディタリー/継承

f:id:wanihiko:20190704001252j:plain

アリ・アスター監督 2018 アメリカ ☆☆☆☆

近年話題になるホラーと言えば「ドント・ブリーズ」や「イット・フォローズ」とかアイディア一発系の印象が強かったけど、本作の恐怖はなかなか可視化されない不条理、且つお耽美な雰囲気も漂うもの。とはいえやっぱり近年の作品らしい、それなりにわかりやすい味付けの一品であると思う。

独善的で謎の多い人であった老母エレンが死に、その葬式を済ませたばかりの中年女性アニーとその家族。山裾の静かな一軒家での暮らしは、エレンの死以降、少しずつ異常を来していく。

全体にクラシカルな印象で静けさを大事にした演出が多く、上品。突然の大音量で驚かすビックリシーンもあるにはあるが非常に少ない。また一度見た後でほじくり返したくなる魅力的な小謎も劇中いたるところに散りばめられており、考察がはかどる。実際中盤までは明らかに「怪異と思わせおいて主人公の妄想」と思わせるような誘導が張られていたが、後半に入るとその導線が一気に引っぺがされながら、且つ予想の斜め上にドンドンと突き進んでいくのが楽しい。また怪異の原因と発生を家族という共同体の不信と崩壊にうまく重ねているお話の構造も病が深く、いい感じに気が滅入る(褒め言葉)。

色んなところで言われているようにラストの展開は少々見せすぎでは無いかと自分も思うが、それまでの展開の割に急激に泥臭いそのオチも含めて、評判通りに楽しい快作。ただエクソシストキューブリックを引き合いに出すほどアートっぽい感覚をくすぐるような印象は受けなかったので、その辺りを期待し過ぎると肩すかしになってしまうかもしれない。

脚本も演出も良質だけれど何より、主人公の顔演技をぜひ見て欲しい。